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« 禰宜と爾支、爾支はほんとに「ニキ」なのか?? | トップページ | 佐世保の鬼塚古墳 »

『古事記』を読んでるとなんかイラっとしてきませんか

本当の創世の神様は、イザナギイザナミの二人だったんだろうと思うんですよ。もともとは大陸南部の「伏羲(ふくぎ、ほうぎ)・女媧(じょか)伝説」と同じ系統だったんだろうと。けれども、そのイザナギイザナミはどうやって誕生したのかってことを説明するために、ワケのわからない「独神(ひとりがみ・男女のペアになってない神様)」がわらわらでてくるんだろうと。うんざりするね。
なんだけども、高御産巣日とか宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこぢのかみ、なぜかこいつだけ男神と特定されている)とかなんか意味がありそうなカンジの神様もいるんだよな。
イザナギイザナミの男女ペアが世界を創ったことと、その後の天照大神、月読、須佐之男は、なんとなく無理矢理繋いでいるようにも見えるな。ああ、ヤスマロがそうしたという意味じゃなくて、世間的にだんだんそうなっていったんじゃないのかしらね。
ただ、イザナミに火のイメージがあるのがどうもね。コノハナサクヤちゃんも放火するしな。出産→出血→赤い→火という単純なことでいいのかなあとも思う。
イザナミは「火之迦具土神」という火の神様と生んだことで亡くなってしまう。ちなみにWikipediaには「火の神、鍛冶の神として信仰されており、771年(宝亀2年)に創祀されたとされる火男火売神社(大分県別府市)は別府温泉の源である鶴見岳の2つの山頂を火之加具土命、火焼速女命の男女二柱の神として祀り、温泉を恵む神としても信仰されている。」ともある。別符って火山あったっけ。(それにしてもホラ、二つの山を男女に見立てるってのも、私の「阿蘇がイザナミ、雲仙がイザナギ」ってのと同じだ。)雲仙の温泉神社の方が一応の創建は古いな。それに、雲仙の方は筑紫島の四別の神様に加え、速日別の神も祀ってある。伝説では「速日別の神」になってるみたいだけど。謎の「速日別」だな。
話を元に戻して、この迦具土はその後イザナギに殺されるけれども、その迦具土の血から生まれるのが有名な「建御雷神」という雷神だ。たいていこの場面は鍛冶に例えられるね。ということは、この迦具土っていうのは火というよりも「火の中で輝いて見える溶けた金属」なんじゃなかろうか。つまり、砂鉄だな。赤は辰砂と関連してるかもしれないしな。土の匂いをかぐとかいうケッタイな解釈は通用しないと思う。
その後、イザナギは女房恋しさに黄泉国に行く。この「黄泉」っていうのも以前考察したけどさ。なんで「黄色い泉」と書くんだろうって。でもここではちょっとおいといて。
イザナミは腐爛死体になっていて、その体の上には雷神がいるんだよな。ここがよくわからないんだよ。雷神は「建御雷神」というりっぱな名前のお方がもういるのに。ということは、もともと、鉄器(あるいはその技術)はイザナミからもたらされたってことになるんじゃないかな。
ここで思い出すのは、天石戸のエピソードあたりに出てくる伊斯許理度賣だな。鏡を造ったとされているね。女なんだよな。前記事で石板鏡を発明したとされている「嫫母(ぼぼ)」のことを書いたけれども、鏡を造ってんのは女なんだよな。これも興味深いね。これがどう発展するかってのはまだよくわからないんだけどさ。
そうそう、「ヨモツヒラサカ」というでしょ。ヨモはヨミの国のことだとわかるけれども、ヒラサカってのがわからないんだよね。ヒラという音は傾斜地のことでサカも同様でしょ。

5 佐護(さご)
古代の佐護郷は對馬最北端の郷で、後代の佐護、佐須奈、玖須である。現在の佐護はその中央を流れる佐護川流域が、本島無比の平野であるが、古は上流の仁田内まで海であったようである。地名辞典によれば語源は裂くか、狭処であろうとあり、さこは佐古、迫でせまく細く、行きつまったような谷であり、セコ(世古、瀬古)サク(佐久、作)サキ(咲)などと記されている。
(『對馬の地名とその由来』上巻 —行政地名編— 藤井郷石 著)

有名な佐久奈度神社の由来もなんとなくわかるね。
私は、ヒラという音はゆるやかな傾斜地を上から見おろしているようなイメージを受ける。サカは下から見上げたイメージだ。要するにさ、ヒラサカってのは「ゆるやかに傾斜している坂道」のことじゃないのかな。

<後日つけたし>
国生みの中でいろんな島なんかが出てくるけど、「隠伎の三つ子の島」は隠岐の島じゃなくて、瀬戸内の三島だと思うけど。話の流れ的にはそうだろう。
最後の方の「大島」については諸説あるけれども、別名が「大多麻流別」になってるけど、これって現代風に書くと「大(太)田丸」だと思うけどね。『旧事本紀』だったっけ。饒速日のおつきの人の中にアマツアカマラとかいう人とかいたでしょ。それと同じ意味だね。マラ=マロ=丸。だから船の名前には丸がつくんだよ。下ネタですいませんが。つまり、この大島の人々は当然海洋民の文化を持っているハズだね。オオタと言えば、やっぱり対馬の「白髭の翁といっしょにいた太田」さんだな。

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コメント

blogありがとうございます。

別府市の(休?)火山は鶴見岳、伽藍岳です。
別府温泉は火山の恩寵ですが地震や地割れのニュースにどきどきしてます、、、。

本日、中宮に登って来ました。大分市の本宮神社の様にもののけ姫やトトロの世界で、野生の鹿の親子がいました。あっという間に斜面を駆け上り消えましたが。

下宮しか行ったこと無かったので火焼速女命様に初めてお目にかかった気分でした。

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